ほほえみのもと

子育てから自分育て、笑顔の手前のほほえみのもとになれたらいいな

この時間が子どもの栄養になる

耳の痛い話をします。


子どもが見たがるから、やりたがるからとスマホやゲームを与える大人がいます。

少し前に、親戚のおばちゃん気取りの人が子どもにタブレットのゲームを与えようとして、パパに断られているのを目撃しました。
おばちゃん気取りの人は、子どもが泣いたらこれを使っても良いよ、うちの孫もよく使ってるからと。
一応言うと、まだ泣いていないし、泣く気配もまだないんだけどね。

おばちゃんは親切のつもりなんだけどね。

どうだろうね。


さて、スマホを見せたり触らせて、泣かないようにあやすのが悪いとはいわない。
緊急だったり、お母さんが疲れて無理なときは、便利だと思う。


で、そういう環境で育った子と、そういう環境にいなかった子と、時々そういう環境だった子は、どう育つかな?考えてみよう。


一歳からずっとママのiPhoneで遊んでいる子(二歳)と、少しの時間を過ごしたことがある。
目の前にあるリアルな積み木を、まず人差し指で、どうにかしようとする。動かないから、手を使うけど、ちゃんと乗らないし、すぐに崩れる。
当たり前だけど、その子にとっちゃあ、一大事。いつもなら(iPhone)指一本で、すごく高く積み上げられるのに!リセットしたら元に戻るのに!片付けてなんて言われないのに!
すぐに「どうやるの?!どうやるの?!」と叫び始め、私が見本を見せるも自分ができず、キレ始めてぶん投げて、「ママ~スマホ~」となった。
スマホの積み木は平面で、リアルな積み木は立体で奥行きが理解できていないみたいだった。(横に並べるのはできても、積み重ねるのが二個以上うまく行かない。)

親としたら、指一本で色々できるようになるし、賢くもなるから便利なんだけどね。

落とし穴は、リアルなモノを触ることなくした経験は、まさに絵に描いた餅だったってこと。

初日、ママはすぐにスマホを与えたけど、次回から泣こうが喚こうがスマホは無しでと促して、2回目から工夫をしつつ、リアルな木のおもちゃで遊ばせたら、だんだんできるようになり、夢中で遊べるようになった。
聞くと、うちにはリアルなおもちゃがないそうだ。スマホで済むし、散らからないし、オシャレな状態を保てるし。
2時間×8回、一緒に過ごした。
最後は子どもらしくたくさん遊んだけど、ママは指一本で遊んでくれた方が楽だったらしい。
いつもの遊び場はゲームセンターとガチャガチャでお金はすぐなくなるけど、楽しそうだから良いと思っていて、ただの木のおもちゃで、こんなに夢中で遊ぶと思っていなかったんだそう。

どう思う?


後日、三歳~なんて書いてあるアプリゲームを試しにやってみたら、楽しいし、頭も使う。でも、これしか知らなかったら?(実際上記の子は一歳からやっていた。親は三歳からなのに一歳でできるうちの子天才!状態だった?)

ぬり絵とか本当に簡単で、とても綺麗に、し上げることができて、すごく楽しい。でも、クレヨンも色鉛筆も絵筆も、指一本で同じ感触。

最初のお絵かきがこれで良い?おもちゃがこれで良い?
リアルを知って、やって、充分に味わってからのスマホで簡易的に今はこれで我慢ね的な使い方なら、わかるけど。そうじゃないとどうなるかな?


少し先の話をしよう。

小学生中学生高校生のママの悩みはなんでしょう?

子どもがゲーム(スマホ)ばかりしているです。

何故ゲームばかりになったか?
考えてみましょう。

YouTubeばかり見て………

誰からYouTubeを教わった?どれだけ見ていた?

勉強(物事を知る喜び)の楽しさも知らず、リアルな感触も知らずに育ったのだなと、私は思いますがどうでしょう?

知るべき時に体験する大切さを、安易に代替えした時、後に戻すのはその何倍の時間と努力が必要。
もし、知るべき時に何らかの理由で
体験できなくて、簡易的に代替えするなら、きっと違うアプローチであろう。



我が子は育てたようにしか育たないのです。


そうじゃない!と思うのでしょうが、親の思惑通りではないのです。


この、限られた制限の中で、親子で過ごす時間は、子どもの栄養になります。

幼い時の味で味覚が固定されるなら、幼い時の遊びで脳の感覚が決まるなら、何をする?



それから…………制限ばかりかけられて、不満を持つのも危険な行動に走りますよ。


適度に適度に、良い具合を探って、我が子のベスト育てをしていきましょう。