ほほえみのもと

子育てから自分育て、笑顔の手前のほほえみのもとになれたらいいな

低きに流れるのは水だけではない

地球には重力がありますが、人にも重力に似たモノに、抗えないと悪い方向に流れてしまう事があります。

例えば、親が平気で赤信号を渡っていたら、どうでしょう?
赤ちゃんの時まだわからないでしょと渡っていて、歩き始めたから教えるけど、急いでいる時つい渡っていたら?

子どもは軽く考える癖が付きそうではありませんか?

犯罪をさせるような親はいないと信じたいのですが、なんと!良くなって欲しい為の声掛けがマイナス作用になることがあるのです。

信じられないのですが、親の不安をそのまま叶えてしまうのです。

ある兄弟姉妹の末っ子に、上はできるのにあなたは何にもできないのね…と、比べ続けながらハッパをかけていた結果(親はなにくそ!と奮起するのを望んでいた)、子どもは何もできないと思い込み、不登校気味になった。
親が更に心配して、あんたは心配な子だから、放っとけないわなんて言い出したら、子どもは心配させれば私を見てくれると思う行動が増える。

なんと裏腹な!


ちょっと衝撃なんですが、ある犯罪者の育ちを調べたら、親に散々罵倒されて来たとか、産まなきゃよかったと言われたりしていて、それでも自分を認めてほしかったり、親のいう通りに悪い人間になってやると自暴自棄だったりという事実がありました。

子どものタイプではあるけれど、親の言葉通りになるなら、良き言葉かけをすれば良いし、親に認めて欲しい子なら、良き方向に伸ばせば良いと思うのですが、、、、

何故か親は子どものタイプ関係なく、親の欲望願望のままに言葉にしてしまうのです。

子どもに対して、もうわかるでしょう!と言う(思う)親は要注意です。

親が子どもをわかるならば、そんな言い方しないのですから。

親が子どものことをわかっていないから、相手に私をわかれと強要するのです。

子どもと親とは、どちらが人生の経験を積んでいるでしょう?

経験積んだ者が、まだそこまで積んでいない者に説明不足なまま、わかれと言う不条理。


子どもは親を観察して、その不条理をこなしていきますが、力尽きると、低きに流れるのです。



生きていくには、高みに登って泳いで行くようなものです。
疲れたら、立ち止まりますが、まるで川の真ん中に立ち止まったような抵抗を急に感じてしまいます。

そんなとき、自分を信じて高みを目指すならば、またおよぎはじめますが、自信がないと、流れに身を流して低きに流れる場合があります。

そこで、親はどうするか?

とにかく厳しい言葉で泳げと言うのか、泳ぎ始めるのはどうすればいいのか考えて、我が子に合う言葉掛けを探すのか?

あなたならどうしますか?