ほほえみのもと

子育てから自分育て、笑顔の手前のほほえみのもとになれたらいいな

親にありがちだけどやられると少し寂しくなること

親は子どもを愛しているのは当たり前と、棚に上げがちなんだけど、それが伝わらないひとつに、

子どもが何か言ってきているのに、目についた事が気になって先に言ってしまうこと。


例えば、
「ママ~!今日ね、◯ちゃんと遊んで楽しかったの~!」と言われて、「え?オデコにたんこぶあるけど、どうしたの?」とか、

「これ、作った~!」と言われて、「指怪我してるじゃない!」とか、

「学校の宿題に◯付けて~」に「もっと綺麗に書きなさいよ」とか、


「先生に忘れ物しないようにって言われた~」に「だから毎日言ってるじゃない!」とか。



子どもが言ってること、言いたいこと、聞いていますか?

多分聞いてますよと答えられると思いますが、それに答えてますか?

それから自分の聞きたいこと言いたいことを言えば良いのに、子どもの欲しい答えをすっ飛ばしていませんか?


たまに、言って欲しいことわかっているけど、言いたくないみたいな事をおっしゃる親御さんもいらっしゃるのですが、何故かはわからないらしいのです。
それなのに言って欲しい事を言わないようにするって、意地悪以外の何ものでもないですよね。

言って欲しいこと言ったら、喜んで素直に育つのにと私は思いますが、どうでしょう?


遊んで楽しかったの?何して遊んだの?また遊べると良いね。

わぁ作ったの?見せて?さわっていい?ここ作るの大変だったんじゃない?

は~い、◯つけるよ~

そっかぁ~どうすれば良いのか一緒に考えようか。


とか言われたくない?そしたら、次に続けられるようにならない?


もちろん、子どものタイプによっては、怒られたい子(お尻を叩かれて伸びる子)もいるけどね。



最初の例えば~みたいに言って、なにくそ~とがんばると見受けたら、そのままどうぞなんだけど、親は親の好みで対応しがち。
わかっているけど言わない。みたいな。


そうやって、実は心が離れていく事を親は知らない。

子どもが親から心が離れすぎた頃(親離れ)に、慌てる親が何人もいて、変に子離れできずに揉めている親子はだいたい、子どもにバッサリ切られる。
親の気持ちよりも優先した言葉が刺さっている。(昔、子どもにしてたように)

相手の気持ちよりも自分を優先すると、そうなるんだなと思う。

もちろん自分の気持ちは大切だけど、相手の気持ちを聞いて、相手の欲しい答えが、自分の気持ちに嘘つくのではなければ言えば良い。

上の例えば~の子どもが言ってることは、どれも親の気持ちを左右しない答えであって、事象が親の気持ちを左右する、怪我とか親が毎日注意して欲しいことなのである。
子どもの欲しい答えを言ってから、事象について話し合う方が、子どもも聞き入れやすくなるはずなのだが。


意固地な親でいると、それを継承するので、そう育てたいのなら良いのですがね。


ちょっと変えるだけで、うまく行く事なので、よろしかったらお試し有れ!