ほほえみのもと

子育てから自分育て、笑顔の手前のほほえみのもとになれたらいいな

中二病(厨ニ病)?小4病?

皆さんは中二病(厨2病)って聞いたことがありますか?

中学二年くらいに、妄想の中に生きてしまい、自分がまだチカラを隠している超能力者だと勘違いしたまま大人になった人っているんですよ。

大人になったら、そういうのは卒業するのですが、いつまでも引きずっている人。


小4病と言うのもあるようです。

小学4年生くらいの時、自分は特別な存在で何をしても許されるのだと思い込んでいて……そのまま大人になってしまう人。




子どもは、自分が育っている環境で自我を作っていきます。
親がこう育てようと思っていても、その環境が【こう】でなければ、【こう】育たないのです。

例えば

(○○には職業をいれてください)
親は○○になってほしくて、○○になって親孝行してね~と毎日楽しみに育てます。

子どもは、誰かに依存して自分は楽しようとする方を習得するかもしれません。



親は早く自立させたくて、なんでも自分でやりなさいと、サッサと離れて厳しく育てます。

子どもは、親が自分を見ていなくて寂しくて悲しくて、泣いてばかりいて後追いするけど、突っ放されて、心が弱ってしまうかもしれません。



さて、上記でどこがすれ違っているのでしょう?あなたはどう思いますか?


○○になってほしいのは、親孝行してもらうため?
そこを全面に出した環境で育ててしまうと、依存したい環境と感じるのではないかなと、私は思いました。


自立とは、自分1人でなんでもできるようになることと親は思うけど、子どもの心の土台がグラグラ定まっていない状態を作ってもいないし見てもいなくて、突き放していることを親は知らずにいるのでしょう。そんな環境で育つのは親がいないのと同じだと私は思いました。



そのような環境(この例以外でも、親子の心の食い違いの環境)で育つと、自分の心を何とかしてしまう癖がついて、妄想の中に生きて中二病になってしまうのかもしれません。



それから、上記の状態の真反対のような環境だったら?

例えば、

子どものやることすべてを親が手を貸し、失敗なくさせ、素晴らしい!素敵!と持ち上げ、機嫌を損なわさず、子どもがすくすく育つことを望んで手を貸す親。

子どもは、親が手を貸すのが当たり前、そしてなんでもできるのが当たり前、できなかったら親のせいと育つかもしれません。
または、
子どもが自分でやりたいのに親が手を出すので、やる気を無くしてしまうかもしれません。



何をやっても、成功しても失敗しても、いいよ~いいよ~となんでもかんでも許して、子どもの自己肯定感をあげようと、全て肯定している親

子どもは、自分は特別だから、なんでもかんでも許される。許され無かったら、泣きわめいて暴れれば、最終的には許されると思うかもしれません。
または、
何をしても叱ってもらえないのは、何故だろう?本当はどうでも良いからなのではないだろうか?と不安でどんどん悪いことをして、叱ってもらおうとするかもしれません。



1も2も、[または]の前の子どもは、小4病になるかもしれません。
[または]の後の子どもは、中二病になるかもしれません。


なるかならないかは、親以外の人間関係と環境が絡んできます。
それが良ければ、小4病にも中二病にもならずに(なっても)、大人になるに連れて、自覚して行くものなのです。

早い子なら、未就学児の時点で自分にはさほどの全知全能・超能力など無いと自覚するはずなのです。
それを、引きずり大人になるまで自覚しないのは、親との関係・環境が相当色濃く大人になっても引きずるのです。



もし、あなたの子どもがそうなりそうなら、環境を見直しましょう。

もし、あなたの子どもの友達がそうなりそうなら、さりげなく良い環境を提供しましょう。


子どもの未来が明るく、笑顔になりますように。