昔々は「そんなように育てた覚えはない!」と、親が怒ったセリフと「産んでくれと頼んだ覚えもない!」という子どもの反抗のセリフがあちらこちらで聞こえて来た。
しかし、私が親子体操で30年ほど指導員として、たくさんの親子と接してきて、そんなセリフを聞いたことはなかった。
さすがにもうそんな言い方をする親はいないと思うのだけど、ちょいちょいそんなふうに思っていそうな親が、悩んでいるようには見えた事がある。
何故、そんな悩みになるのかと言うと、親が我が子の行先のレールを勝手に敷いて、それに乗らずに好き勝手に走り回る我が子に困り果てるから。
よく考えてみると、人生のレールは自分で構築するのだけれど、何故か親は勝手に敷いてしまう。
親の思う通りに行くように。
それが子どもにとって[良いこと]だと信じているから。
そしてそれに合うように育てているつもりで。
何回かここで書いてきていることだけど、親の思う通りに子どもに伝わっているのか?
わかるはず、わかってるでしょ、、
何故か肝心なところはエスパー並みに[察して]もらおうとする親のエゴなのだけど、わかってるでしょと確認もせず、突き進んで育てていく。
悪い大袈裟な例
小さい時に静かにして欲しいから、iPadでゲームさせていた。
↓
学校に行くよりもゲームばかりして怒られるようになっている。
(ゲームの楽しさを教え、静かにしていれば無限にして良い状況だと思わせたのは誰?)
いくら躾しようと頑張っても、言うことを聞かない。
↓
自分(子ども)に注目してもらえるのは、大声だしたり悪いことをしているときだけなので、とにかく悪いことをしまくらないとかまってもらえないと思っている。
(良いことや当たり前のことをした時こそ、注目し声をかけていればそんなことにはならなかったのでは?)
子どもは育てたようにしか育たないとは、そういうことである。
親の育て方を自分本意に考えず、伝わっているのか確認(観察)しながら育てよう。